2010 12
28
Colgin "IX Estate" 2004 Red Wine Napa Valley, California
カリフォルニアには"カルトワイン"と呼ばれる高額ワインがいくつかある。カリフォルニアワイン好きの中では、これらを飲まなければカリフォルニアワインは語れない、という者さえ少なくない。一方、カルトワインなど味は全て同じで濃いだけだ、飲む価値は無い、と反論する者も多い。
どちらも間違いだ。
カリフォルニアワインの魅力はその土地を反映した個性の豊かさにある。太陽が強い場所、霧により太陽が遮断される場所、冷たい海風の影響を受ける場所、内陸で常に温暖な場所、山の上、平地、東向き、西向き・・・。
それら様々なテロワールを反映した個性豊かなワイン、その多様性がカリフォルニアワインの最大の魅力である。
そういったワインは低価格帯にも高価格帯にも存在し、もちろんカルトワインの中にも存在する。また、ワインメーカーのエゴが勝りテロワールを殺してしまっているワインももちろん存在する事も事実であり、これもどの価格帯にも存在しカルトワインの中にもある。
つまり、カリフォルニアワインを語る上で決してカルトワインは必須項目ではないし、また、カルトワイン全てがテロワールを無視したワインだとも言えない。
オルタシアはカルトワインを始めとした高額ワインの割合は決して高くはない。むしろ、レストラン価格で10,000円前後の価格帯でどれだけ満足度の高いワインを取り揃える事が出来るかに尽力している。
とは言いつつ・・・、このカルトワインを2010年度のMy Wine of The Yearに選んでしまった・・・。
と言うより、選ばざるを得なかった。
それだけ素晴しい!!!!!
Colginはカルトワインの中でも代表格だが、"テロワール"という微妙なラインを超えずに個性豊かなワインを作り出している。初代のワインメーカーは言わずと知れたヘレン ターレーだが、このヴィンテージはその弟子であり、現在カリフォルニアを代表するワインメーカーとして君臨しているマーク オーベールだ。(ただ、ターレーやオーベールが関わるワイン全てがテロワールを重視しているとは言い切れない。むしろ逆の印象が強い。)
四つの単一畑からカベルネをベースとしたワインを作るが、このIX Estateという畑のワインは、ナパの東側にあるPritchard Hill(プリッチャード ヒル)という山で作られる。
山のワインだけに豊富なタンニンによる強固な骨格と濃厚な果実味が形成されるが、コンスタントに西のソノマから吹き寄せる風と標高の高さによる若干低い平均気温により保たれる酸のお陰でバランスが維持され、かつ果実味もフレッシュさを保持できる。また同理由により糖度が上がり過ぎずブドウの長い生育機会が保たれる為タンニンそのものも十分に熟す事が出来る。味わい的にも地理的にもHowell MountainとStags Leap Districtの中間的と言えるだろう。
これが一般的なPritchard Hillの特徴だと言えるが、このColginのIX Estateは、この特徴を更に増幅させ、同時に更に凝縮させたようだ。
2004年という暑かった年により更に重厚なタンニンが形成されたが決してアグレッシヴではなく骨太な骨格として豊富な果実味の中核に君臨する。香りは大きなグラスから飛び出るほど華やかであり、熟したカシス、ブラックベリーと濃厚だがどこか新鮮さを残し嫌味がない。杉の木や枯葉、タバコと言ったクラシックなカベルネの風味に五香粉のオリエンタルなフレーバー、若干黒コショウのスパイシーなニュアンスも溶け込み複雑。余韻は、強固なタンニンが作り上げたバックボーンをゆっくりと辿るように長く長く伸びる。(デキャンタージュ後2時間経過した時の状態。私はカリフォルニアワインのほとんどはデキャンタージュしないが、Coiginに関してはほぼ全て毎回している。)
しかし、この素晴しさは文字通り筆舌に尽くしがたい。言葉の限界を改めて感じる。メディアでも多く取り上げられ、また批評家もこのワインについては多く語っている。しかしこの圧倒的な存在感は、表面を撫でただけのテイスティングノートやしたり顔の論評などを軽々と蹴散らしてしまう。
決して安くはない。というより、かなり高額だ。だが、どうしてもカリフォルニアワインの最高峰でありかつテロワールを表現したワインという事なら、私は迷わずこのワインをお勧めする。非常に高額だがその価値は十分にある。
とは言え、1945年のムートン、1947年のシュヴァル ブラン、1920年代のロマネ コンティがフランスワインの真髄だ、などと涼しげな顔で語るフレンチのソムリエ達と比べれば、我々カリフォルニアワイン好きの会話などずっと現実的だが・・・。
2010 12
05
Napa Valley(ナパ ヴァレー)の両サイドには山脈が走っており、西側のMayacamas Mountains(マヤカマス山脈)の最も北に位置するのがこのDiamond Mountain(ダイアモンド マウンテン)というAVA(ワイン産地)だ。
よくお隣のSpring Mountain(スプリング マウンテン)と比較されるが、両AVA共に、テロワールよりワイナリーの個性を打ち出したワインが多く、今一つこれらAVAのそれぞれの個性が掴みきれない。
ただ、このDiamond Mountainにカリフォルニアワインを語る上で欠かせないワイナリーがある。
Diamond Creek Vineyards(ダイアモンド クリーク ヴィンヤーズ)だ。
オーナーである故Al Brounsteinは、まだカリフォルニアに"シングル ヴィンヤード"のコンセプトが存在しない時代(1960年代後半)に、大胆にもこの地でしかもカベルネという"ブレンド"の概念が連鎖的に捉えられるブドウを使い単一畑ごとにワインを造り始めた。
Bordeaux(ボルドー)の有名シャトーを訪れ、そこで苗木をスーツケースに山ほど詰め込みその足でメキシコに飛び自家用機に乗り換えナパにその苗木を密輸した、という逸話は地元ではあまりにも有名。(ただ似たような武勇伝がカリフォルニアの至る所で聞こえるようになり特に珍しい話ではなくなったが・・・)
畑は4つに区分さている。Gravelly Meadow(グレーヴェリー メドー)、 Red Rock Terrace(レッド ロック テラス)、 Volcanic Hill(ヴォルカニック ヒル)、そして Lake(レイク)。
それぞれ個性豊かで、全て素晴らしい。
Lakeが最も高価だが最も個性的だと言える。Mayacamas山脈の一部が凹んでいる部分から入ってくる冷たいSonomaからの海風の為に最も涼しい微小気候を持つこの畑は毎年ブドウを十分に熟させてはくれない。ただまれに熟した時の素晴らしさは他の追随を許さない。その気まぐれなミクロクリマの為、1972年から現在までたった8回しか生産されていない。
次に涼しい気候で砂利質土壌のGravelly Meadowは力強くもエレガントなスタイル。鉄分を含んだ火山性の土壌を持つ北向き斜面のRed Rock Terraceは3つの中で最も柔らかく芳香性が豊か。南向き斜面で火山灰などからなる白い土壌のVolcanic Hillは最もタンニンが強固な長熟タイプ。
濃厚さでインパクトのみを狙った流行りのワインとは異なり、全て長期熟成が十分可能。その長い熟成から複雑な風味をゆったりと醸し出す。
これらのワインが若い時の杉や鉛筆の芯などの香りから熟成により発展した、葉巻、オリエンタルスパイス、スーボワなどの"伝統的な"カベルネらしい熟成香にカリフォルニアを象徴する、熟したカシス、ブラックチェリーの芳醇なフルーツ香。
これが"伝統的な"製法で作られたクラシックなカリフォルニアのカベルネのスタイルだ。
多くの"モダンすぎる"カリフォルニアのカベルネにこの熟成香は見出せない。
ブドウを完熟以上にまで熟させ、その過熟ブドウからワインを作るのが原因の一つだと言われている。そして、それが一部の有力ワイン雑誌から高い(且つ無意味な)点数を取るための方程式にもなっている。
このDiamond Creekのワインは力強い味わいだが、一線を越えていない。だからといって、ボルドーを模倣しようとして失敗した青臭いカベルネでは決してない。カリフォルニアらしく果実味に富み、かつこの土地の個性を"本来のカベルネ"の枠組みを崩すことなく意気揚々と伝える。
もしこのDiamond Creekがお隣のSpring Mountainでカベルネを作ったらこれらAVAの違いを明白に表せるのかもしれない。
トレンドに左右されずこの"伝統的な"造りを維持してきたのは、数年前に他界した創始者であるBrounsteinの畑の個性(テロワール)に対する強い信念があるからだろう。
そのBrounsteinのスピリッツがこのDiamond Mountainの大地に永遠に眠るのであるならば、この地のテロワールの一部と化し永遠に語り(飲み)継がれる事であろう。
2010 11
22
Carneros(カルネロス)は、Napa Valley(ナパ ヴァレー)の最も南に位置し、San Pablo湾と隣接している為、ナパで最も涼しい気候として特徴付ける事が出来る。
ここはワイン産地として認識された時期は比較的早く、80年代にはChardonnay、Pinot Noirのポテンシャルの高さが期待され評価されていた。
ところが、90年代に入り、近隣のRussian River Valley、Sonoma Coast(一部のみ)、南のSanta Lucia Highlands、Santa Rita Hills等のワイン産地が実力を高め、このCarnerosの評価に追い付き、追い越した感があった。(Caronrosの協同組合的な団体がアメリカの有力ワイン雑誌Wine Spectator(ワイン スペクテイター)とひと悶着あったことも人気を落とした理由の一つかもしれないという人もいるが・・・)
ただそのCarnerosで1979年からブドウ栽培を始め、文字通り先駆者としてこの土地をリードし、このAVA(ワイン産地)の評価が下がった時代でさえ、例外的に常にカリフォルニアワインの中のトップとして君臨してきた畑がある。
Hyde Vineyard(s) <ハイド ヴィンヤード(ズ)>だ。
いくつかのセクションから成り立つ事から複数形で表す方が自然だろう。
このHyde Vineyardsはそのブドウのクオリティの高さからカリフォルニアのトップのワインメーカー達から絶大の信頼を長いこと堅持している。
Paul Hobbs、Ramey、Patz & Hall、Kistler等のカリフォルニアが誇る生産者達が挙ってこの畑のブドウを欲しがるだけでなく、あのフランスのブルゴーニュを代表するDRC(ドメーヌ ド ラ ロマネ コンティ)のオーナーでさえ、そのHydeのブドウに惹かれ、共同してワイナリーを立ち上げたほどだ。(Hyde de Villaine、ハイド ド ヴィレーヌ、通称HdVと呼ばれる)
主にCarnerosを代表するブドウ、ChardonnayとPinot Noirが有名だが、この畑の丘の北側で北向き斜面では何とCabernet Sauvignonが植えられている。
丘の北向きである為、南のSan Pablo湾から押し寄せる冷たい風からブロックされる為にこの畑の南側の南向き斜面に比べて気候が温暖であることが大きな理由である。(他のワイン産地では通常逆の理論が成り立つ。)
Paul Hobbsがそのブドウを使い、カリフォルニアの他の産地ではありえない力強くもCarnerosの涼しい気候を反映したエレガントなスタイルのカベルネを造っている。
ただ、このPaul Hobbsも含めてこのHydeのブドウを使ったワインは自動的に高額になる傾向がある。Kistler、HdVが良い例だろう。(BeckstofferのTo Kalon、ベックストファー トーカロンほどの異常な値段ではないが・・・)
だが、Patz & HallのHydeは比較的リーズナブルな価格で、このカリフォルニアのトップの畑のクオリティを堪能する事ができる。
特にChardonnayは一度試す価値がある。これは、ブルゴーニュに慣れていてカリフォルニアのChardonnayは甘すぎるという方々に是非是非味わっていただきたい。
事実、ヨーロッパからのお客様でちょっと今日は冒険してみたいという方々にはよくお勧めしており高い評価を頂いている。
カリフォルニアの太陽を感じる凝縮感のある洋ナシのコンポートや熟したリンゴの力強い果実味はあるが、新世界では珍しいミネラル感を呈し、それを助長するエレガントな酸味が全体をバランス良くまとめている。
James(Patz & Hallのワインメーカー)はこのHydeの個性を生かすように、樽のスタイル、クオリティには細心の注意を払っている。
樽の風味は感じるが非常に上品であり、複雑さの一部を構成しているにすぎず、口中においてはしっかりとした酸味を和らげる程度にクリーミーな触感をこの樽熟成によって与えている。
むしろワンランク下のNapa Valley Chardonnayの方が樽の要素を強く出していると言えるだろう。
121号線というCarnerosを横切るなだらかな道路を走り、このHyde Vineyardsの脇に車を止め、ゆっくりと傾斜するこの畑を散歩し、ヒンヤリとクールダウンしたブドウを手に取り、南のSan Pablo湾からの冷たい風を肌に感じると、本当にここはカリフォルニアのワイン産地なのかと疑ってしまう。
ただ風の当たりにくい北側まで歩くと力強いカリフォルニアの太陽が息を吹き返したように肌を刺す。
この多様性(Diversity)が、地元カリフォルニアでは、このCarnerosという土地の魅力であり、ある意味、日本を含めた海外のワイン愛好家を混乱させてしまい(Identity Crisis)正しいメッセージを伝え難くしている大きな要因であるとも言える。
とはいえ、カリフォルニアのシャルドネはシンプルで甘いだけだと思い込んでいるのなら、ぜひともこのHydeのChardonnayを試して頂きたい。
きっと、固定概念を崩されることだろう。
細見で繊細で控え目なアメリカ人と出会った時のような、"ステレオタイプだけが存在する訳ではない、"という当たり前だが忘れがちな感覚を鮮明に思い出させてくれるだろう。
2010 11
08
ナパの東側を縦に緩やかに走るSilverade Trail(シルベラード トレイル)という道を北に進む。
西側の観光化された29号線が縦に真直ぐ伸び、両サイドにワイナリーが所狭しと並ぶ風景と比較すると、このSilverade Trailはのんびりとした印象があり、車でゆっくりと走ればまさにワインカントリーののどかさを感じられる。
そのSilverade Trailを北にしばらく進みAngwinという小さな街を目指し右折すると勾配が険しくなりそこから山を登り始める。
そこがこのHowel Mountain(ハウエル マウンテン)という"山"のワイン産地だ。
観光客を意識したワイナリーはほとんどなく、小さなAngwinという街のダウンタウンを過ぎれば単なる田舎道の山登りと変わらない。
しかし、しばらく上に進み下界を見下ろしてみれば、平地にあるブドウ産地が非常に遠い世界に感じる。
それは視覚的に遠く感じるだけではなく、この山のワイン産地はブドウの生育にとって全くの別世界と言えるからだ。
まず、この高い標高ではNapa Valley(ナパ ヴァレー)名物の濃い霧は上がってこれない。言いかえれば、一日中太陽が遮断されることなく光がサンサンと照りつける。またほとんどの畑が西を向いており日差しが厳しい西日を受け、ブドウは文字通り"ロースト"される。
これだけ日照量が多ければ暑すぎてとても質の高いブドウは作れないはずだが、標高の高さ、そして西のSonoma(ソノマ)から吹く冷たい風が、マヤカマス山脈が一部低くなっている場所から流れこのHowell Mountainに届き、平均気温を下げてくれる。
また、土壌は火山性が主であり痩せている為全体の収穫量が低く、さらに濃縮したブドウになる。
この特有な気候条件で育ったブドウは、平地で育ったブドウと比べて、皮が厚く全体的に小ぶりになる。つまり、水分に対して固形物が多いため濃厚かつタンニンのしっかりとしたワインとなる。(果実味とタンニンは主に皮に宿る)
Napa Valleyの西側にも山のワイン産地はあるが(Diamond Mountain、Spring Mountain、Mount Veeder)、このHowell Mountainとの違いは、"心地よい辛辣さ"であろう。
若い時はタンニンが激しく突出しており、他の山のワインでは見られるそれを緩和する他の要素を大きく上回る。
長い期間熟成させればそのタンニンの角は少しずつ取れてくるが常にその存在感が薄れることはなく主張し続ける。だが、鋭角的な印象は薄れ、口中を楽しく刺激する"心地よい辛辣さ"を与えてくれる。
香りはカリフォルニア産では珍しく"フルーツ以外"の風味を呈する。レアに焼き上げた赤み肉を連想させる鉄分的な香りに野性的なスパイシーさを伴う。熟成させればボルドーを彷彿とさせるシガーボックスや枯葉の複雑なニュアンスも覗かせる。
ただ凝縮感のある黒系のベリーの風味が必ず存在感を残す点でボルドーとは大きく異なる。これはやはりボルドーでは不可能なカリフォルニアの太陽がなせる技であろう。
この土地を代表するワイナリーはDunn(ダン)だろう。ワインメーカーのRandy Dunnはかつて著名なCaymus(ケイマス)でワインメーカーをしていたこともありカリフォルニアでは言わずと知れた代表的な存在だ。
ここのワインは昨今のモダン派とは一線を置き、頑なに伝統的なスタイルを堅持している。言い換えれば、強固なタンニンを、テクニックを用いて和らげる事なく、Howell Mountainらしく辛辣さを保ち、時が解決してくれるのを待つ昔ながらの考えだ。
だが、最近はモダンなワイン造りをするワイナリーが多く、ナパ内のテロワールが無くなってきたと嘆く声も聞こえてくる。
しかし、決してこのモダンなスタイルや若くして楽しめる事が悪い訳ではなく、全ては"あんばい"の問題だ。
TorというワイナリーのCimarossaという畑がHowell Mountainにある。このワイナリーはモダンなスタイルだが、行き過ぎる事なく"あんばい"の加減を忘れていない。
モダンなカベルネらしく熟した果実味の凝縮した風味がまず感じられるが、その奥にはHowell Mountainらしい強固なタンニンのバックボーンが明らかに存在感を表し、フィニッシュにはあの"心地よい辛辣さ"を見事に感じさせる。Howell Mountainらしいスパイシーな野生的な様相も失っていない。テロワールを現代的に表現した素晴しいワインだ。
Howell Mountainでワイルドな山のワインを大量にテイスティングした後で山を降り、帰りがけに平地のカベルネを29号線沿いのワイナリーでテイスティングすると何とも言えない穏やかで平和な気持ちにさせてくれる。たくましい野生のイノシシと格闘した後に飼いならされた上品な馬の毛並みを撫でているようなホッと心休まる思いだ。
ただしばらくすると、あの山のワインの心地よい辛辣さが欲しくなり体が求めてしまう。野生のイノシシの激しいアタックが欲しくなるのだ。例え多少飼いならしたとしてもワイルドなイノシシでいてくれるならそれも構わない。ただ、どこにでもいる豚になってしまっては心地よい辛辣さは無くなるだろう。
2010 10
25
ナパ ヴァレーを縦に貫く高速29号線と並行して走るもう一つの道がある。Silverade Trail(シルベラード トレイル)と呼ばれる道で、ゆっくりとカーヴしたり小高い丘を抜けたりと、真直ぐで平坦な29号線よりもっとのどかで趣がある印象がある。
通勤路として使っていたという事もあり四季の変化をブドウ畑の色合いを通して感じられた馴染みの深い道だ。29号線は観光化が進んでいるが、このSilverade Trailは自然なのどかさが残る。のんびりとゆったりした気分で運転していると時折横断する野生のシカにハッとさせられる事がしばしばある。
この道沿いにあり、ナパ ヴァレーの南東に位置し小高い丘に挟まれるようにあるのがSTAGS LEAP DISTRICT(スタッグス リープ ディストリクト)だ。
この土地を世界的に有名にしたのは、1976年にパリで行われた"テイスティング"だろう。これは"パリスの審判"という本にもなり、それが"ボトルショック"という映画にもなっている。
このテイスティングは、フランスの有名ワインとカリフォルニアの当時新進気鋭のワインをブラインドで飲み比べてみようとイギリス人ジャーナリストでありワイン評論家であるSteven Spurrierにより企画されパリで行われた。
誰もがフランスワインが圧勝すると予想していたが、(というより、世界中のジャーナリストは結果が見えている馬鹿げた企画だと相手にもしていなかった)、何と周りの予想を覆し、最高の評価を得たのは白、赤ともにカリフォルニアワインだった。
その赤ワインが作られた土地がこのStags Leap Districtだ。
ここのカベルネは、隣のYountvilleやすぐ北のOakvilleに比べ、タンニンがおだやかでまろやかに仕上がる。だが、決してただ柔らかさだけが身上のワインではなく、中心にはしっかりとした"芯"がありその周りを柔らかな果実味が包んでいる。
地元ではこれを"an iron fist in a velvet glove"(ベルベットのグローヴの中の固いコブシ、外柔内剛)と表現し、この土地のカベルネを特徴付けている。
ナパのやや南部に位置する事から気候がやや涼しいのは明らかだ。ただそれだけではお隣のYountvilleとさほど変わらないはずだ。しかしもっと大きな特徴として、近隣のアペラシオンと比べ、地形が特殊な点が指摘できる。東側はヴァカ山脈の麓だがその下方には小さな丘がいくつか散らばり、また道を挟んでその向かい側も丘になっている。その間を濃い霧や涼しい風が南から流れ込む。この特殊な地形がこの土地特有の"空気の流れ"を作り出しこの独特な味わいに影響を与えている気がしてならない。
ここが近隣のYountvilleやOakvilleとの大きな違いと言える。それがどのような形でブドウの生育に関わるかは謎だが、事実、この土地では、そのOakvilleより2週間も平均して収穫時期が遅い。太陽光線の強さは変わらないが、光の当たり方や風や霧の流れ、それに伴う気温の変化が時系列で大きく異なるからだろう。
更に、収穫時期が遅い分タンニンが更に熟しより滑らかな舌触りになるとも言える。
Stags Leap Wine Cellars(スタッグスリープ ワインセラーズ)、Clos du Val(クロ デュ ヴァル)、Chimney Rock(チムニー ロック)、Robert Sinskey(ロバート シンスキー)Silverade Vineyard(シルヴェラード ヴィンヤード)、Pine Ridge(パイン リッジ)。
ざっとこのAVAにあるワイナリーをいくつか並べてみたが、それぞれワイナリーの特徴はもちろんあるが、この"an iron fist in a velvet glove"という個性は共通している。(Chimney Rockだけは全体が柔らかく芯があまり感じられないが・・・。)また、この個性が原因かどうか定かではないが、アメリカ人ワイン評論家の間では評価が低い事も残念ながら共通している。(ただイギリスでは評価が高い!)
ただ、Shafer(シェーファー)というワイナリーもこのStags Leap Districtにあるが、ここは例外的に濃厚なスタイルを誇示しアメリカ人評論家から非常に高い評価を得ている。しかし、このテロワールの個性とも言える"an iron fist in a velvet glove"という特徴があるかと言えば、他のワイナリーのものと比べるとやや見えにくい。ただ、同等の他のアペラシオンのカベルネと比べれば確かに柔らかく且つしっかりとした骨格もありStags Leap Districtの特徴をつかめなくはないが、ベルベットのグローヴというより羽毛布団くらいの厚みがある。
"An iron fist in a velvet glove"
これは近隣のAVAでさえ見いだせない特徴であり、このStags Leap District特有のものだと誰もが認める個性だ。それが認識されて久しく、長い間地元のカリフォルニア大学 デービス校が中心となり土壌調査やらミクロクリマを丹念に調べてはいるがその根拠は科学的に未だに解明されていない。
だが、グラスの中では明らかだし、アメリカ人評論家の100点満点制度のプレッシャーに負けずこの素晴しいテロワールを表現し続ける造り手達に賛辞を送りたい。
2010 10
18
ダウンタウン ナパのすぐ北に位置する自宅を出て高速29号線に乗り、数分も走れば東西南北見渡す限りのブドウ畑に囲まれる。午前中は濃い霧に包まれ真夏でも涼しいくらいだが午後には力強い太陽が照りつけまさにカリフォルニアのイメージ通りの風景に包まれる。
そこから10分程でOakville(オークヴィル)に辿り着く。ここはナパヴァレーの"グランクリュ"と呼んでも過言ではない銘醸畑がそのハイウェイの両サイドに広がる。特に西側は"Oakville Bench"と呼ばれ特別扱いされるケースが少なくない。Harlan、HeitzのMartha's、To-Kalon、BondのVecina、etc....カリフォルニアワイン好きにはLatour、Mouton、Haut Brion以上に魅力的な響きである。
この同地域の東側にももちろん銘醸畑は広がっている。だが、上記の西側のワインと比べるとどこかスタイルが異なる。中には質の面でも一歩ゆずると豪語する"西陣営"もいるが、東陣営のメンツを見れば"西優位"の議論は行き過ぎている事にすぐ気付くだろう。Dalla Valle、Joseph PhelpsのBackus、Showket、そしてScreaming Eagle。カリフォルニアワインを代表する面々が軒を連ねる。ただ、質は劣らずともスタイルの違いは認めざるを得ない。東陣には西陣の力強さの中に秘める"優美さ"は見当たらない。
なぜその違いが起こるのか?ナパヴァレーにワイン留学の為に渡る以前からの疑問であったが明確な答えが見つからないまま渡米となった。
きらびやかに観光化された高速29号線。世界一長い(高級)ワインバーカウンターともいわれる。その高速沿いで数少ない庶民の為の店、Oakville Groceryという店で一番安いサンドイッチを買い、向いのNapa Valley Wine Companyというワイナリーでテイスティングと称してグラス一杯のワインをちょうだいし外に出て太陽とブドウ畑に包まれながら固いサンドイッチを頬張りワインで流し込む。貧しさと豊かさを同時に感じる瞬間だ。
おもむろに、西にそびえ立つマヤカマス山脈を眺め頂上からTo-Kalonのブドウ畑が位置するふもとまで目をゆっくりと下におろす。
太陽が西に傾き始めマヤカマス山脈に差し掛かり、ふもとのTo-Kalonを含めた"西陣営"のブドウ達が山の大きな陰にすっぽりと吸収されている事にハッと気づく。同時に眼を東に向ければ、東陣営の代表格、Dalla Valleの畑がまだ強い西日にさらされている。
慌てて車に飛び乗りハイウェイを横切り西のマヤカマス山脈のふもとを目指す。乾燥したカリフォルニアでは日陰は真夏の東京のそれとは比較にならないぐらい気温が落ちる。すぐさま車に乗り今度は東の畑へと向かう。そこでは力強い西日がまだこうこうとブドウ達を照りつけているではないか。その熱の威力はブドウに触れば(もしくはそのワインを飲めば!)明らかである。
出来あがったワインの個性は大きく異なる。東のDalla Valleは力強い太陽をそのままワインに移したがごとくたくましさがあり、強固なタンニンの骨格から骨太なボディを形成する。香りも、強い西日に"ロースト"されたブドウに由来するこうばしさが特徴的だ。それに対し西のBondのVecinaは、凝縮感はあるがバランスのとれた上品なタンニンにより優美な装いを呈する。風味も果実味にフレッシュさを残し、爽やかなミントやユーカリの香りが複雑さを加える。この時間帯による太陽の当たり方(強さ)の違いにより東と西では大きく個性が異なるワインになる。
ここまではOakvilleの東と西の違いを述べたが、ではすぐ北に隣接しているRutherford(ラザフォード)との違いはどうか?よく聞かれる質問の一つだ。
よくボルドーに例えられ、RutherfordはPauillac、OakvilleはSt. Julienだと言われる。地理的に北と南に隣接し、昔から重要なワイナリーがRutherfordに存在するから(BeaulieuとInglenook(現在のRubicon))だろう。また、メソクライメットを考慮すれば理論的には、若干温かい(若干霧の影響の少ない)Rutherfordの方が若干力強くなるといえる。(Pauillacの方がSt. Julienよりしっかりしているというのがボルドーでは通説である。)
ただ、味わい的には決してそうとは限らない。RutherfordがOakvilleと比べてより堅固なスタイルであるとは言えない。HeitzのBella Oaks (Rutherford)とMartha's (Oakville)という単一畑同士のカベルネを比べればその理論は成り立たない事は明白だ。(明らかにMartha'sの方が力強い。)それに、味覚的にはっきりとした違いが出るほどそのメソクライメットの違いがワインの個性に影響しているとは言えない。加えて、昨今主流となっているモダンなワイン作りから来る影響を押しのけられる程のパワーはないと言える。
言い換えれば、OakvilleとRutherfordを北と南という視点で見れば、違いは見出せない。Oakvilleの西と東の違いの方がOakvilleの西とRutherfordの西の違いよりはるかに大きいと言える。
ただこのRutherfordでは、この太陽による違いに加え、土壌による違いも西と東に着目し見いだせる。
よくRutherford Dust(ラザフォード ダスト)という表現が地元では使われ、この地の西側のやや高台になっているRutherford Benchと呼ばれる場所で取れたブドウから造られるワインの個性を表している。これは独特のDusty(ダスティ、細かい粉末の様)な触感やミネラル感を指す。ただ、モダンなワイン作りが主流の現在において、過剰なHang Time(ブドウを摘み取らずに枝に残しておく期間)によって過熟になったブドウから造られたワインからこの個性を見出す事は難しくなっていることも事実だ。
それでも地元のワインメーカーに聞けば、"ウチのワインにはRutherford Dustを感じる"と言い張るが、ワインメーカーに自分のワインを語らせるのはママに自分の息子の事を聞くのと一緒だ。他人には見えないものまでも見えてしまうのは仕方がない。
ただ、Freemark AbbeyのBoschéやSycamoreという単一畑のカベルネは、このRutherford Dustがどういう物かを知りたければ是非飲んでもらいたいワインだ。モダンなワインが主流の現在において昨今あまり人気がないようだが、その片鱗が今でも感じられる素晴しいワインだ。また、有名なものの中では、RubiconやBeaulieuのGeorges de Latourはこの個性を大切にしているワインに思える。
このRutherfordの東は固い岩盤がむきだした様な崖になっており実質ブドウが植えられない場所が多く、東側の畑はOakvilleの東側と比べて少ない。それでもQuintessaなど有名ワイナリーがそれぞれRutherfordの名に恥じない素晴しいワインをこのアペラシオンから作っている。残念ながらかつての東の代表格であったCaymusはブドウをナパ中から仕入れるようになりRutherfordの東側を表現するワイナリーではなくなっている。スタイルもかつてRandy Dunn(現在のDunn Vineyardの当主。伝統派の代表として知られる。)がワインメーカーをしていた頃とは全く異なりかなりモダンになっている為いずれにしてもRutherfordのテロワールを表す事は難しいだろう。
ナパの中心に位置するこの二つのAVAは地理的のみならず心理的にもナパの人々の軸になっていると言える。質の面でこの地のワインはナパ中のワイナリーの目標となっていると言っても過言ではない。
ただ、他の土地で同じように作ってもやはり同じ味わいにはならない。そしてそれは残念なことではなくむしろ喜ばしい事である。なぜならその違いはテロワールから来るものであり、我々ワイン好きはその違いに感動を覚えるからである。
このナパの中央に位置するこの二つのAVAは技術の中心地とも言えるが、その最先端の知識や最高峰の技術でテロワールの個性が見えなくなってしまっては本末転倒であるということも、影響力のあるこの二つの中心地から発信し、その精神が中央から外に広がっていけば、フランスワインのテロワールの魅力からワインの世界に入ることが通例である東京のマーケットにおいても、カリフォルニアがフランスと変わらない地位に昇り詰めることはそう難しい事ではないだろう。
2010 10
04
ナパを訪れる多くの観光客はハイウェイ29号を北上しワイナリーを目指す。ナパに入りいよいよワイナリーが現れると思いきや道の両側に見えるのはショッピングモールや住宅ばかり・・・。
やきもきしながらアクセルをふかすと突然視界全体がブドウ畑でいっぱいになる。
そこがナパの中心の先端に当たるワイン産地、Oak Knoll(オーク ノール)だ。
この辺りに差し掛かると観光客は期待から興奮状態になり、右左と小刻みに首を回し、どこのワイナリーに立ち寄るか吟味しだす。ところがどこに寄っていいかなかなか決まらず、気がつけばその先のOakville(オークヴィル)に辿り着き、目立つ看板のRobert Mondavi(ロバートモンダヴィ)を見つけ結局そこに落ち着き、まんまとマーケティングの天才Mondaviの手法に引っかかるというわけだ!
だが、優柔不断さを絶ち切りこのOak Knollで右折し車を止めれば、観光バスに視界を邪魔されないのんびりとした雰囲気を楽しめる。
ワイナリーはそれ程ないが、Trefethen Winery(トレフェセン ワイナリー)が代表的な存在で、ワインもこの地のテロワールを表現したスタイルを守っている。
ナパは言わずと知れた力強いカベルネの産地だ。それは日照量が多く比較的温暖なためこのブドウが良く熟すためであることは明白である。しかし、このOak Knollは南のサンパブロ湾から涼しい風がコンスタントに入り、かつ午前中は濃い霧に包まれ太陽光線はシャットダウンされる。その為、平均気温はちょっと北のOakvilleやRutherfordよりずっと低く、事実ここのブドウの多くはスパークリングワイン用として使われ、近くのDomaine Chandon(Moet & Chandonグループのスパークリングワイン生産者)に運ばれる。
その"ナパらしくない"気候を利用して成功しているのがこのTrefethenのRiesling(リースリング)だ。
Rieslingはドイツ系のブドウで温かい気候は好まない。また熟すのに長い月日がかかり、ヨーロッパでは常に秋の長雨の恐怖と闘いながらの栽培になるから生産者はなかなか落ち着かず収穫時期には眠れぬ夜が続く。
それを考えれば11月まではまず雨が降らないと保証が付けられるこの産地はうってつけの場所だと言える。降ったとしても乾燥状態のブドウに"リフレッシュさ"を与える程度で問題にはならない。(それでも雨に慣れていないナパのワインメーカー達は収穫時期にちょっとでも雨が降るとパニック状態になるが、ナパで雇われているヨーロッパ出身のワインメーカー達は余裕の眼差しでその騒動をながめている。)
このOak Knollの涼しい気候で育つRieslingはアルザスやドイツ、オーストリアにも負けない爽やかな酸味を誇示する。2,3年熟成させれば、このブドウ特有の菩提樹の花やいわゆる"重油香"と呼ばれるキューピー人形にも似た香りを華やかに呈する。味わいはドライで酸味にキレがあるが、カリフォルニアの太陽を浴びている分ジューシーな果実味がバランスを取り鋭角になりすぎない。
このOak Knollは、ワインの教科書に必ず紹介されているウィンクラー博士の気候区分を参照すれば、一見カベルネには向かない気候だが、長年の経験による試行錯誤から高品質なカベルネが少量だが生産されるようになった。(この大昔に発表された気候区分を信じてどのブドウを植えるかを決めるのは、同様に大昔に発表されたボルドーの格付けを信じてワインを買うのと同じぐらい危険だと言える。)また、もっと北のナパのカベルネよりエレガントでやや旧世界のニュアンスが感じられる複雑な風味を呈しなかなか面白いワインになる。
Chardonnay(シャルドネ)も多くみられるが、これは先に述べたスパークリング用に多く使われるが、普通のワインとしても作られている。カリフォルニアのシャルドネは甘ったるくて飲めないと豪語するブルゴーニュ通の方々に出せばきっと驚くだろう。バランスの良い酸味とふくよかな果実味の組み合わせは、どこかフランスのクラシックなブルゴーニュのマコネー地区のワインを思い出させてくれるが、モダンなテクニックを取り入れた最近のアメリカかぶれのマコンのワインよりもっとクラシックなシャルドネの味わいを堪能できる。
"クラシック"といえば、このワイナリーから北に10分ほど走ったところにBistro Jeanty(ビストロ ジャンティ)というレストランがある。ここはナパに長く暮らすフランス人シェフのレストランで料理は非常にクラシックだ。おそらくここは、出来損ないのテンプラを平気で出す昨今のパリのフランス料理店より、もっともっとフランスらしいクラシックな料理を楽しめるレストランだと言える。
初めてナパを訪れたのならRobert Mondaviで力強いカベルネを飲み、夜は世界的に有名なFrench Laundry(フレンチランドリー)の最先端のアメリカ料理を楽しむのも悪くない。
しかし、ちょっと手前で立ち止まり、Trefethen Wineryで昨今のカリフォルニアらしくないクラシックなワインを楽しみ、夜は低温調理など最新テクニックとは無縁のBistro Jeantyでエスコフィエ風のクラシックなフランス料理を堪能すれば、矛盾にも本来の古き良きナパヴァレーを感じられるから不思議だ。
2010 09
21
ナパを訪れる観光客のほとんどは29号線というナパを縦に貫くまっすぐで平たんな道路を走り、その両脇に出店のように並ぶワイナリーを数件立ち寄るのみで一日を終えてしまう。
ところが、その29号線からちょっと西に外れ、Redwoodという名の道路にのり道なりに進めば、ガイドブックではあまり紹介されていない観光地とはかけ離れたもう一つのナパを垣間見ることができる。
29号線からこの道路にのり10分も進めば山のふもとに達するが、突然道幅は狭くなりかつ傾斜も厳しくなる。
そこからまた数十分走れば山の中腹に入るが、曲がりくねり中途半端に舗装された道は更に走り難くワイナリーどころか人が住む気配すらなくなる。派手に観光化された29号線でよく見かけるワイナリーの宣伝広告の看板はおろか道案内の標識すら見当たらず、周りを囲む林から明るい太陽が差し込む時間帯でなければすぐに断念し引き返すだろう。ただ、車から降りて道沿いの木々を通り抜けて開けた先の風景を眺めればそこかしこにブドウ畑が広がっている事に気付きホッとする。
斜面に植えられたブドウは平地のそれと一見同じに見えるが、よく比べてみるとサイズがやや小さく、幾分成長が遅いようにも見える。
このMount Veederの様な山の産地で取れたブドウは29号線沿いにある平地のブドウとは大きく個性が異なる。
平地とは異なり斜面に植えられたブドウは太陽の光を直接受ける為皮が厚くなる。かつ水はけが良く痩せた土壌で育つ為水分が少なくブドウの粒が小さい。つまり固形物の割合が水分に対して大きくなり、それがワインに転換されるとより果実味が凝縮しタンニンが力強いスタイルとなる。ただ、Napa Valleyの南に位置するこの場所はSan Pablo湾に近く冷たい海風の影響を強く受ける為、もっと内陸の産地よりも平均気温が低い。言い換えれば、酸がしっかりと残る。
そこで作られたワインは、山のワインらしく骨太なタンニンの骨格に豊富な果実味の凝縮感が加わるが、しっかりとした酸味により全体が引き締まった印象を与える。Napa Valleyのもっと北の(もっと暖かい場所の)ワインがジャムのような甘い風味になりがちなのに対して果実味もフレッシュさを残す。赤、白共に作られているが、共に力強くも、爽やかな酸味、フレッシュな果実味を呈する。特に赤は、セージやローリエといったハーヴのニュアンスがあり旧世界の趣がある。
Mount Veederの代表的なブドウ品種はカベルネであり、中でも歴史の長いMayacamas Vineyardでは昔ながらの製法で伝統的なMount Veederスタイルのワインを作っている。また、規模の大きなワインリーだが、Hessという作り手はこのMount Veederのカベルネのみを使い、Mayacamas Vineyardよりもやや果実味が豊富で取っ付き易いモダンなスタイルに仕上げつつもこの地のテロワールを上手く表現している。
また、Lagier Meredithというワイナリーはシラーに特化した作り手だが、ブドウ品種は異なえど、Mayamamas VineyardやHess "Mount Veeder"のカベルネと共通した個性を持つワインを作っており、3つを並べて飲むとこの地の特徴、テロワールを伺い知る事が出来る。
この三つのワインは、造り手のワイン造りに対する考えも、ブドウ品種でさえ異なるが、このMount Veederらしさで大きく共通している。言い換えれば、これがMount Veederのテロワールであり、他の土地では成し得ない個性なのだ。
収穫時期にこの地を訪れれば、夕暮れが近づき太陽が西に傾きかけるころには、南のSan Pablo湾から吹き寄せる冷たい風がより一層肌に感じられ上着が必要になる。同じ時間帯に北のHowell Mountain辺りの畑ではまだまだTシャツ一枚で汗ばんでしまう。
人間はエアコンの付いた部屋の中に逃げ込めるが、ブドウはその環境から逃れる事は出来ない。その環境そのものを受け入れるしかないのだ。それが年中続く事を想像すればこのMount Veederのブドウ達がHowell Mountainのそれらとは全く異なる個性を呈するのは想像に難しくはないし、飲めば味覚的にもテロワールの違いを鮮明に感じられるだろう。
2010 09
20
カリフォルニアで最も有名なワイン産地はおそらくNapa Valleyだろう。日本のワイン愛好家の中でもNapa Valleyはカリフォルニアを代表するワインが生産される産地として認識されている。言い換えれば、"Napa Valley"という名前がブランド化し、そのブランドが付いていることによって一定の品質やスタイルを保証しているかのように思われている。
まるでそこで作られたワインは全て同じ様な味と品質を持っているかのように思われているが、残念ながら(もしくは喜ばしいことに!)現実はそうではない。
Napa Valleyと呼ばれる場所が占める表面積は174平方キロメートルにも及ぶ。これは広大な八王子市と同等の広さだ。言い換えれば、Napa Valleyの中には、山はあるし谷もある、川も流れていれば湖もある。その中にブドウ畑が所狭しと植えられ、急斜面、平地、北向きもあれば南向きも、川沿いの肥えた土もあれば、火山性の痩せた土地も・・・。
当然作られた場所によって大きくワインの個性は異なる。
多摩川沿いと高尾山のテッペンでは気候も天気も大きく異なり、そこで育つ植物に大きな影響を与える事は容易に想像がつく。当然Napa Valleyのどこで造られたかによってワインの味わいは大きく変わってくる。
アメリカではワイン産地をAVAと呼ぶ。実際Napa Valleyの中にも様々なAVAが存在し、それぞれ個性豊かであり(一部を除いて!)、その違いは鮮明にワインの味わいに反映されている。
AMERICAN WINE JOURNEY(アメリカワイン紀行)。まずは、カリフォルニアを代表するワイン産地、Napa Valleyの中に入ってみよう!
2010 09
20
麻布十番にあるフレンチレストラン オルタシアのソムリエ 千葉和外です。
まずは簡単に自己紹介。
オルタシアというレストランはフレンチですが、私の専門はカリフォルニアを中心としたアメリカワインです。
もともとフランス料理店で育ったソムリエですので、かつてはワインももちろんフランスワイン漬けでした。それに、私がフランス料理界に入った当時は田崎真也ソムリエが世界一になり、皆さんご存じのその後の活躍を目の当たりにしており、他の若者と同様に心から憧れておりましたので、私も御多分に漏れず(!?)、
"フランスに渡り、言葉の壁を打ち破り、なんとかソムリエとして修行し、血のにじむ努力と苦労が報われ、有名三つ星レストランにヘッドハンティングされ・・・"
・・・、などとB級サクセスストーリーの夢を持った日本中どこにでもいるフランス料理店のおめでたい若者でした。
ただ、あまりにも同じ様なことを考えている同世代の日本人ソムリエがやたらと多いので、それではつまらない、と当時日本人ソムリエが全く興味を示しておらず未開の地であったカリフォルニアに予定変更!
カリフォルニアワインの中心であるNapa Valley(ナパ ヴァレー)に三年間滞在し、ワイン醸造、ブドウ栽培を大学で学びその後、地元の老舗レストラン Auberge du Soleil(オーベルジュ ド ソレイユ)に勤務出来る幸運に恵まれました。
ここでは、そのNapa Valleyでの経験を中心に、アメリカ中のワイン産地を訪れた時の事を思い出しながら、このアメリカワイン紀行を進めていこうと思います。
自家菜園で壁側の一部のトマトだけが真っ赤に熟しているのを発見できた時の喜び。その小さな発見を広大なカリフォルニアという大地で体感できた感動を少しでもワインを通して多くの方々と共感できればソムリエとしてこれ以上の喜びはございません。

千葉和外 Kazuto Chiba
1972年6月生まれ。
92年 都内フレンチレストランに入店。ウェスティンホテル東京を経てカリフォルニア州ナパヴァレーカレッジ修了後「オーベルジュ ド ソレイユ」に入店。07年帰国後、西麻布「サイタブリア」シェフソムリエとして2年半勤め、現在は麻布十番のフレンチレストラン「Hortensia(オルタシア)」にてチーフソムリエを勤める。
The Court of Master Sommelier認定Advanced Sommelier
第六回全日本最優秀ソムリエコンクール セミファイナリスト
ワインスクール アカデミー デュ ヴァン講師 アメリカワインクラス担当
フレンチレストラン「オルタシア」(麻布十番)のページはこちら
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